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Dia de los Muertos

 2nd  Nov 2020


メキシコで大切な休日

「Dia de los Muertos(死者の日)」になりました。

しかし,今年は昨年に比べて街は少し静かです。

どこにも出かけないで

自宅で地上波のTVを見て過ごしました。

7chで,でDisney 映画の

「COCOスペイン語版」を見ていました。

泣けます!











 COCO COCO official Final Trailer 

↑(Lo siento, no es la versión en español.)


オオカバマダラが帰って来ています。

 27th Oct  2020

温かい日が続いています。

気持ちの良い風に乗って

北の国(アメリカ合衆国やカナダ)から

たくさんのオオカバマダラが

今年も,帰ってきています。











彼らには,コロカ禍は影響ないようです。

夏時間 終わり!

 5th  Oct  2020


メキシコでは,2020年10月5日朝2時に
    2020年の夏時間(サマータイム)が終わり,
      通常時間(冬時間)になりました。
        秋本番です。
          本当に毎日,晴れ,晴れ,晴れ,,,
            気温は朝10℃,昼間は28℃くらいです。
              快適な天気が続いています。






              広島県と広島市のPC入札で談合?

               15th  Oct   2020

              中國新聞デジタルの記事によると,広島県と広島市が発注したパソコンなどの学校用PC機器の入札で談合が繰り返されていた疑いがあると関係企業に公正取引委員会が10月14日に立ち入り検査をしたそうです。
              以下,2020年10月14日の中國新聞デジタルより


              広島県と広島市が発注したパソコンなどの学校用コンピューター機器の入札で談合を繰り返したとして、公正取引委員会が独禁法違反(不当な取引制限)の疑いで、県内に支店を持つ大手企業や地元企業など14社を立ち入り検査したことが14日、分かった。文部科学省が学校の情報化で旗を振り、全国の自治体が関連機器の導入を急速に進める中で、適正な入札を徹底させる狙いとみられる。

               関係者によると、14社は電気通信工事やコンピューター機器製造・販売の企業で、公取委は13、14日に検査をした。大手はNTT西日本(大阪市)や大塚商会(東京)など5社で、広島支店などを調べた。地元企業は9社で、ソルコム、北辰映電、理研産業(以上広島市中区)新星工業社、田中電機工業(以上南区)立芝、中外テクノス、ハイエレコン(以上西区)呉電子計算センター(呉市)。

               検査対象は、県立高や広島市立の小中高で使うパソコンやタブレット端末、サーバー、設定作業などの一般競争入札や見積もり合わせ。14社は少なくとも2013年から、入札金額などを事前に調整して受注業者を決めていた疑いがある。調整は入札公告の前後に複数社でしていたという。

               中国新聞の取材に、14社のうち9社が検査の事実を認めた。8社は「全面的に協力する」、富士通リース(東京)は「詳細は確認中」と答えた。残る5社は全て地元企業で、3社が「ノーコメント」、2社が「担当者が不在」とした。

               学校の情報化では、文部科学省が昨年12月に「GIGA(ギガ)スクール構想」をまとめ、情報通信技術(ICT)端末を小中学生に1人1台配備するなどと打ち出した。その後に新型コロナウイルスが流行しインターネット学習への関心は高まっている。県教委と広島市教委はそれぞれ「事実なら重大な事態。公取委の調査を注視したい」とのコメントを出した。(境信重)


              それにしても,広島県は,「お金にセコイ!」事件が多いですね。清らかに生きているのは,庶民,あるいは大衆の皆様だけなのではないでしょうか?


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              Fui al Consulado General de Japón en León

               18  Sep  2020

              今日,レオンにある
              在レオン日本国総領事館に行って来ました。
              さすがにレオンは遠いと思いました。
              しかし,途中のメキシコ中央高原地域(パヒオ)
              の広い平原の風景を見ていると
              とてもすがすがしい気分になれました。





              Dia de la Independencia

               16 Sep 2020


              メキシコでは,9月16日は Día de la Independencia
              「独立記念日」です。
              1810年9月16日,
              グアナファト州の小さな町Dolores の司祭のミゲルイダルゴ
              (Miguel Hidalgo)氏が,教会の鐘をならし,
              ”Mexicanos,Viva Mexico!"と人々に決起するよう訴えた日です。
              当時は,農地の干ばつで飢餓が広がり,
              大農園主たちによるトウモロコシの売り惜しみによる
              食糧品の高騰,農民に対する人頭税,奴隷制など
              大衆は,ひどく苦しめられていたため,
              決起は紆余曲折はありながらも成功しました。
              司祭は,1811年に処刑されてしまいますが,
              1821年にスペイン軍の司令官イトゥルビデ(Iturbide)氏が
              独立運動に協力したため
              メキシコのスペインからの独立は達成されました。
              今も,ミゲルイダルゴ氏の決起時の演説は,
              『ドロレスの叫び‘(Grito de Dolores)』として残っており,
              大統領が,演説の最後に"Mexicanos,Viva Mexico!"と
              大声で叫びます。
              大衆もそれ合わせて叫びます。"Viva Mexico!"
              今年は,叫ぶ場(Mexico Cityのzocalo)に大衆はほぼいらっしゃいません。
              例年ですと,広場は人々であふれているのですが,
              今年は密になることを避けたのでしょう。
              すこし静かな記念日になりました。
              現代も,ミゲル・イダルゴ氏はメキシコの国民的英雄です。
              新200ペソ札にも描かれています。
              左側の少し頭髪の少ない方の人物です。






              このような記事があふれています。

               30  Agosto  2020


              昨日の「論座 RONZA」に下記のような記事が載っていました。


              題名 「安倍政権の7年余りとは,日本史上の汚点である」
                  ~私たちの再出発は,公正と正義の理念の復活なくしてはあり得ない~
              京都精華大学人文学部専任講師 白井 聡


              安倍政権の7年余りとは、何であったか。それは日本史上の汚点である。この長期政権が執り行なってきた経済政策・社会政策・外交政策等についての総括的分析は、それぞれの専門家にひとまず譲りたい。本稿で私は、第二次安倍政権が2012年12月に発足し現在に至るまで続いたその間にずっと感じ続けてきた、自分の足許が崩れ落ちるような感覚、深い喪失感とその理由について書きたいと思う。こんな政権が成立してしまったこと、そしてよりによってそれが日本の憲政史上最長の政権になってしまったこと、この事実が喚起する恥辱と悲しみの感覚である。

              この政権が継続することができたのは、選挙で勝ち続けたためである。直近の世論調査が示す支持率は30%を越えており、この数字は極端に低いものではない。これを大幅に下回る支持率をマークした政権は片手では数え切れないほどあった。要するに、多くの日本人が安倍政権を支持してきたのである。

               この事実は、私にとって耐え難い苦痛であった。なぜなら、この支持者たちは私と同じ日本人、同胞なのだ。こうした感覚は、ほかの政権の執政時にはついぞ感じたことのなかったものだ。時々の政権に対して不満を感じ、「私は不支持だ」と感じていた時も、その支持者たちに対して嫌悪感を持つことはなかった。この7年間に味わった感覚は全く異なっている。

               数知れない隣人たちが安倍政権を支持しているという事実、私からすれば、単に政治的に支持できないのではなく、己の知性と倫理の基準からして絶対に許容できないものを多くの隣人が支持しているという事実は、低温火傷のようにジリジリと高まる不快感を与え続けた。隣人(少なくともその30%)に対して敬意を持って暮らすことができないということがいかに不幸であるか、このことをこの7年余りで私は嫌というほど思い知らされた。


              「公正」「正義」の破壊

              安倍政権がなぜ許容できないのか、許容してはならない権力なのか。あれこれの政策が問題なのではない。政策が時に奏功しないことは致し方のないことである。

               無論、あちこちで指摘されてきたように、どの領域においても安倍政権は長期安定政権にもかかわらずロクな成果を出せず、ほとんどの政策が失敗に終わった。だが、真の問題は、失政を続けているにもかかわらず、それが成功しているかのような外観を無理矢理つくり出したこと、すなわち嘘の上に嘘を重ねることがこの政権の本業となり、その結果、「公正」や「正義」といった社会の健全性を保つために不可欠な理念をズタズタにしたことにほかならない。したがって、この政権の存在そのものが人間性に対する侮辱であった。

               その象徴と目すべき事件が、伊藤詩織氏に対する山口敬之のレイプとそのもみ消しである。失政を重ね、それを糊塗しなければならないからこそ、山口のごとき提灯持ちの三下が安倍晋三にとっては大変貴重な人材となった。この事件は、犯行そのもの、逮捕の撤回、明るみに出た際の安倍支持者による被害者への誹謗中傷、もみ消し当事者の中村格警視庁刑事部長(=当時)のその後の出世(現在、警察庁次長、すなわち次期警察庁長官の最有力候補である)という経緯のすべてが腐りきっている。このような事件を起こした政権を合法的に継続させているという一事だけでも、現在の日本国民の悲惨な道徳的水準を十分に物語っている。

               こうして腐敗は底なしになった。森友学園事件、加計学園事件、桜を見る会の問題などはその典型であるが、安倍政権は己の腐りきった本質をさらけ出した。不正をはたらき、それを隠すために嘘をつき、その嘘を誤魔化すためにさらなる嘘をつくという悪循環。それはついに、一人の真面目な公務員(財務省近畿財務局の赤木俊夫氏)を死に追い込んだ。高い倫理観を持つ者が罰せられ、阿諛追従して嘘に加担する者が立身出世を果たす。もはやこの国は法治国家ではない。

              そして、公正と正義に目もくれない安倍政権がその代わりとする原理は「私物化」である。私物化されたのはあれこれの国有財産や公金のみではない。若い女性の身体や真面目な官吏の命までもが私物化された。だから結局、目論まれたのは国土や国民全体の私物化なのだ。

               例えば、新元号の発表と改元の時の政権の振る舞いを思い出してみれば、それは明白だ。先の天皇(現上皇)の譲位の意思に対しては執拗な抵抗を試みたくせに、新元号の発表となれば、安倍は前面にしゃしゃり出て、「令和」に込めた自分の「思い」を滔々と語った。国民主権の原則に立つ現行憲法下における元号は、「天皇と国民の時間」を意味するはずである。したがって、その発表に際しては、国民の一時的な代表にすぎない為政者の振る舞いは抑制的であるべきだという発想は、そこには一切見て取れなかった。むしろ反対に、安倍晋三こそが「令和」の産みの親であるというアピールが盛んにされたのである。それは国家の象徴的次元における「私物化」にほかならなかった。

               より実体的な領域を挙げるならば、大学入試改革の問題を見てみればよい。十分に機能してきた制度(センター試験)をわざわざ潰して民間業者を導入する主たる動機は、安倍の忠実な従僕たちの利権漁りである。安倍自身の知性に対する憎悪がそれを後押しした。もちろん、次世代の学力などは完全にどうでもよい。ある世代が丸ごと私物化されようとしたのであり、それは言い換えれば、この国の未来を犠牲にして利権に引き換えようとしたということにほかならない。

               かくして、モラルは崩壊し、政治の場、国家機構そのものが、政官財学で跋扈する背広を着た強盗どもによる公金のぶん取り合戦の空間と化してきた。新型コロナ対応のための補助金支給業務において、この腐敗は鮮やかに現れた。私物化の原則は権力の頂点から発し、恥を知る者を除く万人を私物化競争へと誘い出して行ったのである。


              日本と取り戻す

              一体何から私たちは始めなければならないか。相も変わらず、テレビのワイドショーは、「スシロー」こと田崎史郎といった面々を毎日起用して、次期総理は誰だ、小泉進次郎がどうのこうの、といった愚にもつかない政局談義を垂れ流している。おそらくテレビ局は、自分たち自身と視聴者がどこまでの愚物になり果てることができるのか、人間の限界に挑戦しているのであろう。

               日本の再生のためには、こうしたジャンクな光景が一掃されなければならない。そしてそれに代わって、安倍政権下で失われたもの、すなわち公正と正義をめぐる議論が提起され、それが実行に移されなければならない。

               安倍晋三の健康問題をめぐってはその扱い方をめぐってさまざまなことが言われているが、体調不良とこれまでの政権運営における責任の問題は、完全に無関係である。健康問題のために、この7年間余りに犯してきた罪に対する追及がうやむやになることは、絶対に避けられなければならない。仮に、健康問題が深刻化してその最も極端な事態、すなわち当人の死亡という事態が起こったとしても、すでに行なった悪行が消えるわけでは全くないのだ。

              私たちの再出発は、公正と正義の理念の復活なくしてあり得ず、その復活のためには、総理自身の違法・脱法行為の究明が絶対的に必須である。少なくとも、山口敬之レイプ事件、森友学園事件、加計学園事件、桜を観る会、河井夫妻の事件の計5件の事件については、徹底的な究明がなされなければならない。そして当然、究明に引き続いて、安倍のみならず関与した他の者の訴追と処罰もなされなければならない。

               この過程を検察に任せきりにするのではなく、国会内に真相解明の特別委員会のような機関が設置されることが望ましいと私は思う。赤木俊夫氏の妻、雅子氏は、総理辞意表明を受けて、「次に総理大臣になる方は、夫がなぜ自死に追い込まれたのかについて、有識者によって構成される第三者委員会を立ち上げ、公正中立な調査を実施していただきたいと思います」とコメントしているが、私は心から同意する。この異常な7年余りの間に法治国家の原則が崩れ落ちたことに対する深い危機感を持つ議員は、与党内にもいるはずである。

               それにしても、安倍政権におけるこうしたスキャンダルを列挙すると、それぞれの件の矮小性にあらためて驚かされる。かつて戦後日本政治を揺るがしたスキャンダル、すなわちロッキード事件やリクルート事件は、それぞれ時代を画するものであった。ロッキード事件については、国際的な謀略の存在がささやかれ続けているし、戦後保守政界の裏舞台で重大な役割を果たした児玉誉士夫など、超大物が関係していた。あるいは、リクルート事件は、製造業から情報産業へという資本主義経済における中心産業の転換を背景として発生したものであり、その意味で時代を象徴するものだった。

               これに対して、安倍晋三がらみの事件の実質は、山口敬之レイプ事件=性犯罪とそのもみ消し、森友学園事件=昭恵夫人の暴走・国有地の叩き売り、加計学園事件=単なる身びいき・公金の横流し、桜を見る会=有権者の買収、河井夫妻の事件=私憤と子分への肩入れの行き過ぎ、であるにすぎない。どの事件にも、その背後で進行する社会構造の大変化などを感じさせるものは何もなく、ただひたすら凡庸でケチ臭い。それは、安倍晋三という人間のパーソナリティの身の丈にまさに合致しているとも言えるのだが。

               しかし、このことは、これらの事件の社会的有害性の小ささを意味するものではない。まさにこうしたスケールの小さい悪事の積み重ね、その隠蔽、嘘に次ぐ嘘といった事柄が、公正と正義を破壊し、官僚組織はもちろんのこと、社会全体を蝕んできたのである。その総仕上げが、黒川弘務を検事総長に就任させようという策動であったが、これが国民の意思の爆発的な噴出(ツイッター・デモ)によって阻止されたことの意義は巨大であると言えよう。公正と正義が完全に葬り去られ凡庸な悪による独裁が完成する事態が、民衆の力によって差し止められたのである。

               安倍の辞任は、病気を原因とすると称してはいるが、支持率の低下と民衆からの批判によるストレスがそこには介在しており、その意味で民衆の力によって追い込まれたという側面を確実に持つ。そして、いま始まったお馴染みの面々(麻生だの菅だの)による跡目争いは、そうした力の作用に対する否定にほかならない。「一般大衆の意図など無意味だ。実際に事柄を差配するのはわれわれだけだ」と。安倍を補佐する共犯者であった彼らが、失われた公正と正義を回復する意図など持っているはずがない。彼らは、安倍が手放した腐った力を拾い上げ、それを振り回そうとしているにすぎない。

               繰り返して強調するが、後継者が誰になろうが(仮に政権交代が起こったとしても)、安倍時代の不正の追及が正面から行なわれない限り、本質は何も変わらない。第二・第三の安倍がまたぞろ現れて、日本社会の腐敗を一層促進するだけのことになる。

               だが、安倍晋三によって私物化された日本を取り戻すという民衆のプロジェクトは、いま確かにひとつの成果をあげたのである。私たちは、選挙はもちろんのこと、デモ、SNS等、あらゆる手段を通じて声を発し、公正と正義の実現に向けてさらなる努力を重ねる必要がある。安倍政権とは、腐食してしまった戦後日本の産物であり、その腐食を促進加速させる動力ともなった。腐食から破滅に向かうのか、それとも急カーブを描いて上昇気流を摑むことができるのか。私たちはいまその瀬戸際に立っているのである。(文中敬称略)

              元記事 ↓↓↓
              https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020082800004.html?page=1